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こだわりのつくり手を訪ねて 料理家と巡る食と農の旅

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誇りや信念、情熱をもってつくられた品は、時に思いもよらないような驚きや感動を与えてくれます。もちろん、それは食の世界でも同じこと。そんな出会いを求めて、首都圏で活躍する料理家たちと東信州を巡り、こだわりのつくり手を訪ねました。

料理の原点、縄文に触れる

浅間縄文ミュージアム

一行がまず訪れたのは、御代田町の浅間縄文ミュージアム。ナビゲーターを務める料理人の北沢正和さんは、土器が誕生し、料理の原点と呼べるものが誕生した縄文時代に日本の食の未来があると唱えます。
「土器は人類が初めて物質の科学変化を応用してつくり出した偉大な発明です。土器によってさまざまな調理方法が生まれ、食生活が劇的に変化したのは明らかで、寿命もかなり伸びたはずです」と館長の堤 隆さんが解説してくれます。
縄文時代に農耕の起源があり、ハンバーグのような料理やお酒もあったのではとの説を知り、料理の原点を感じることから今回の旅がはじまりました。

浅間縄文ミュージアム

縄文時代の主な食糧は、鹿やイノシシ、どんぐりや鬼ぐるみなどの木の実だとされていますが、後期には土器の種類も多彩になり、穀物を食べていたことが研究で明らかに。


NAGANO WINEのテロワールを体感

cave hatano

続く訪問先は、波多野信孝さんが立ち上げた東御市のcave hatano(カーヴ ハタノ)。2017年8月に開業した新鋭ワイナリーです。ヴィラデストガーデンファーム アンド ワイナリーで7年間、ぶどう栽培や醸造に携わった経験を生かし、こだわりのワインが昨年11月に初リリースとなりました。
「土壌と気候に適したぶどうをつくっていくことが、おいしいワインの大前提だと思います。シャルドネを中心に、ピノ・グリやゲヴェルツトラミネールなどの寒冷地に適した品種にも可能性を感じています」と思いを語ります。
当日はあいにくの雨模様で、ワインに花を添える美しい眺望を楽しむことはできませんでしたが、”ワインづくりを土づくり”と捉え、この地域のテロワール(風土の個性)を築いていきたいという波多野さんの考え方に、多くの料理家たちが共感していました。

cave hatano

専門家もファーストビンテージのシャルドネのポテンシャルを高く評価。最大の理由は、「優れたぶどうを収穫することができたから」と波多野さんは言います。


自然と向き合う農業の難しさ

村一果樹園

晴れ間が見えてきた昼下がり、同じく東御市にある村一果樹園を訪れました。実はこの果樹園、台風19号による甚大な被害があったのですが、産地の実情も知っておきたいという料理家たちの思いを聞き入れていただきました。
りんごの圃場で想像以上の厳しい現実を目の当たりにし、皆が声を失いました。
「落ちていないりんごは、何かしらに使えると思いますが、木自体はもう駄目かもしれません」と果樹園主の村田さんは唇を噛みしめます。

少し離れた場所にあるぶどうの圃場は、台風の影響を受けていませんでしたが、本来なら収穫されているはずの「クインニーナ」の房の姿が多数見えます。これは、天候不順により色が均一にならず出荷できなくなってしまい、何かに活用できないかと考えていたそうです。
とあるシェフからは、「素材にこだわり、おいしく料理することはもちろんですが、生産者の努力や思いを知り伝えることも私たちの役割なんでしょうね。産地との物理的な距離は変わらないけど、気持ちの距離が近づくことで、素材はもっとおいしくなる」そんな声も聞こえてきました。

ここ数年は、ひょうの被害があったため、対策用のネットをかけていましたが、今回それが強風に煽られて倒木するという被害が発生。根がはがれ、枯れはじめている木も多数ありました。


大澤酒造

〈大澤酒造〉
日が落ちはじめた夕刻、佐久市と立科町にまたがる、旧中山道の茂田井宿の酒蔵、大澤酒造へ。今年の仕込みがスタートしたばかりの蔵の中には発酵した醪(もろみ)の良い香りが立ち込めていました。丹念な手仕事で醸された明鏡止水などの銘柄は高い評価を得ているだけでなく、実は日本最古の酒が保存されていた酒蔵であるといわれ、その瓶も展示されています。

懇親交流会 料理画像

〈懇親交流会〉
夜は、生産者と料理人が一堂に会する交流会が行われました。日本を代表するシェフのひとりである、星のや東京の浜田統之シェフも参加し、長野県ならではの食材を使用した鮮やかな料理が登場するなか、主役を飾ったのは、個性豊かな色とりどりの野菜たち。「均一のものを大量につくる時代ではなくなっている。多様性が求められる時代、このプレートの野菜のように、少量・高品質・多品種、これが新しい基準になると思う」と北沢さんは言います。

早朝の散策

〈早朝、山の息吹を感じる散策へ〉
朝露で潤った草木の濃厚な香りを感じる朝の山里を巡る散策で2日目がスタート。クロモジ、ウワズミザクラ、ニオイコブシ、コウタケなど、山には食に関係する素材が溢れていることを皆が改めて実感しました。


あるがままに。自然体での野菜づくり

野菜畑

里山の麓には、“自分の身ひとつで、自分のできる限りのことをやる”、というポリシーで農業に取り組む長谷川治療院農業部の長谷川純恵さんの有機無農薬にこだわった野菜畑が広がります。年間で生産する野菜の種類はなんと述べ180種にもなるそうです。
そんな純恵さんが好きだというのが“草木国土悉皆成仏”という言葉。草木や国土のようなものも成仏するという仏教用語です。
「草も土も水も虫も人も、皆、同じところから生まれて、同じところに帰っていく。私の野菜は、虫だって食べるし、形も不揃いかもしれないけど、それが自然なんだって思います」
あるがままを受け入れる純恵さんの姿に、見失っていたものを気づかされた思いがしました。

長谷川純恵さん

「今年は暖かくて、私にとっては大変な年ですが、虫たちにとっては何十年に一度の恵みの年だったんじゃないでしょうか」と笑みを浮かべる純恵さん。


清流が育む信州の魚の可能性

八千穂漁業、ニジマスの筋子

日の高くなってきた頃、千曲川の上流に向かい、八千穂漁業を訪ねました。取り入れているのは、千曲川の支流である大石川の水。水源に近く、上流に民家や畑も少ないので、山間の渓流に近い水質が保たれています。養殖されているのは、イワナ、ヤマメ、ニジマス、信州サーモン。どれも清流を好む魚たちです。
長野県のブランド魚である信州サーモンとともに、料理家たちの目を引いたのは、ニジマスの筋子。黄金色に輝き、イクラとは異なる濃厚なコクと旨味のある素材を使った新しい料理が誕生してくるかもしれません。

八千穂漁業の主力品種の信州サーモンは、ニジマスと病気に強いブラウントラウトを交配し生まれた魚。クセがなく適度な脂の乗った旨味があり、肉厚できめが細かい舌触りが絶品。


希少品種の畜産家の純粋なこだわり

ダボス牧場

昼近く、一行はラグビー合宿の聖地として知られる上田市の菅平高原に到着。お目当ては標高1500~1600mにあるダボス牧場です。この牧場では中ヨークシャー種の豚をはじめ、牛や羊の希少品種が畜産されています。一番のこだわりが飼料。穀物類が主流になっているなか、有機無農薬での牧草づくりが行われている国内に数件しかない牧場のひとつで、乳酸発酵された飼料も与えているそうです。牧場主の伊藤さんが追求するのは、人にも動物にも環境にも優しく、安心・安全でおいしいこと。「自分が大切だと思うことを、最もよい方法を探してやっているだけだよ」という畜産家の伊藤純さんのこだわりを聞き、ファンがまた増えたようです。

ダボス牧場と肉

国内では数件の生産者しかいないといわれる中ヨークシャー種の豚、短角種や黒毛和種、それを掛け合わせたタンクロという牛、サフォーク種の羊を育成。


「ねずみ大根」の圃場

〈坂城町ねずみ大根〉
最後の目的地は、収穫期を目前に控えた坂城町の伝統野菜「ねずみ大根」の圃場。ねずみ大根の特徴は、愛らしいフォルムとそこから想像できない刺激的な辛味。しぼり汁を使った「おしぼりうんどん」は郷土食としても有名です。料理家たちも実際に畑での収穫を体験。漬物にしてもしっかりとした辛味が残るこの素材に皆が強く興味をもったようです。


長野県の食と農のこれから

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星のや東京の料理長でNIPPONキュイジーヌに取り組み、全国の産地を訪れている浜田統之シェフは、「珍しいものですよ、高価なんですよと食材をただ渡されても、料理の完成形を思い描くのは難しいですが、産地を訪れて生産者の話を聞くことで、そのストーリーを料理に表現したいという思いやイメージが湧いてくる」と語ります。
雑誌『料理通信』編集主幹の君島佐和子さんは、「長野県にはすばらしい自然環境があり、都会ともほどよい距離感にあるからでしょうか。いたるところでバランスやセンスの良さを感じます。これからは食材の特徴だけでなく、それに携わる考え方や生き方なども発信していくことのほうが重要なんじゃないと考えさせられる2日間でしたね」と評してくれました。
そして多くの参加者が印象的だったと口を揃えたのが、生産者の方々の魅力的で際立った個性。地域や自然との共生の中から生まれてくるこの多様性こそ、長野県の最も強く美しい魅力なのかもしれません。

この記事は2019年11月時点の情報です。
取扱商品等は変更になっている場合がございますので、ご了承ください。

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