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早春賦の情景が広がる わさびの里 安曇野へ

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ツーンとした辛味と鼻を抜けるさわやかな香りがクセになる本わさび。長野県は、生産量全国一(平成30年農林水産省「特用林産物生産統計調査」)を誇ります。その9割を占めるのが安曇野産。農家や加工業者など約100の事業者が「安曇野わさび」の振興に取り組んでいます。春を告げる白い花が咲いたという知らせを聞き、わさび田が広がる早春の安曇野を訪ねました。

北アルプスの伏流水と特異な地形が育む産物

わさび

ワサビア・ジャポニカ(Wasabia japonica)、わさびの植物学上の名前です。ここからわかるように、わさびは、日本原産の植物。山間の冷たく清らかな渓流などに自生し、古くから栽培も行われてきました。蕎麦や刺身などの和食はもちろん、ステーキなどの洋食との相性も抜群。抗菌作用などの機能的な面の研究も進められており、世界からの注目も高まっています。

安曇野で作られているのは、野生に似た環境で育成し、主に生食用となる「沢わさび(水わさび)」。清冽な大量の水と、透水性がよい砂地のような土壌が必要で、育成にも月日がかかります。ほかの地域であれば、非常に栽培が難しく割の合わない作物なのですが、北アルプスの麓に位置する安曇野市には、この水と土壌の2つの条件が高い次元で揃っていました。地形は全国的にも特異といえる複合扇状地で水はけがよく、毎日70万トンもの伏流水が至るところで湧き出しています。その水源は、北アルプスの雪解け水であり、地下を通り外気温の影響を受けないため、真夏でも15度を超えることはありません。

安曇野でわさびが作られるようになったのは、明治時代後期から大正時代の頃。なし畑用の水路にわさびを植えてみたところ、良質なわさびが育ったことから地域での栽培が広まったそうです。水と土壌を生かすため、安曇野のほとんどのわさび田は、実は地面を掘り下げて作られたもの。市内に広がるわさび田の風景は、先人たちが開拓精神より長い年月をかけ築き上げた農業遺産でもあるのです。

大王わさび農場

日本最大のわさび田である「大王わさび農場」は、年間120万人の観光客が訪れる一大観光農園として知られます。

安曇野市は「水の郷」の認定を受け、「名水百選」にも選出。環境省が行った「名水百選」選抜総選挙では安曇野わさび田湧水群が「観光地」と「景観」の2部門で日本一と評価されました。

大王わさび農場

北アルプスの雪解け水が地下で腐葉土を通過してじっくりと養分をとり込み、長い年月をかけて地上に湧き出します。安曇野市では伏流水の湧き出る平坦地を掘り下げ畝を作り栽培する、平地式と呼ばれる珍しい方法でわさびを栽培しており、年間を通じ収穫されています。

湧水

安曇野市では、北アルプス常念岳を水源とする烏川など、平野部に達するとほぼ流水が見られなくなる不思議な河川がいくつもあります。一度、地下に浸水した水が、さらに低い土地で湧水となって出現するのです。

信州サーモン

わさび栽培に用いられた水は、同じく安曇野の特産品であるニジマスや信州サーモンの養殖場で再利用されています。こうしたことができるのも、地域の全生産者が厳格な農薬管理を行っているからなのです。


わさび田に春を告げる旬の味覚、わさびの花

渡辺共芳さん

大西渡辺わさび店
代表 渡辺 共芳さん

約40年前、安曇野でいち早く施設(ハウス)栽培を導入したのが、JR穂高駅前に店を構える大西渡辺わさび店。
「わさびは直射日光に弱いので、露地栽培だと初夏から秋まで寒冷紗という黒い幕で覆う必要がありますが、その手間も省けるし、寒い時期でも苦なく収穫できる。水と土壌は路地栽培と一緒だから、味の違いもほとんどありません。ただ、寒さにあたる時間が少ない分、育成には露地より長い期間が必要ですけどね」 と語る渡辺さん。春に開花して葉茎が伸び、夏を経て秋に再び生育して根茎(芋)が肥大し、冬に生育が止まって辛さが増すというわさびの成長サイクルを管理することで、年間での安定供給を可能にしています。

わさび

「本わさびの商品もいろいろあるけど、やっぱりおろしたては格別。辛さの中に甘さというかまろやかさが感じられるんだよね」
後味もさわやかで、舌がヒリヒリする辛さは残らないのだそうです。

わさびは芋だけでなく、花芽や葉も食用になりますが、その中でも春の風物詩として特に人気なのがわさびの花。施設栽培では1月から、露地ものは3月半ばから4月上旬にかけ、地元を中心に出回る希少な食材です。花が咲いている時の茎は柔らかくて風味がよく、おひたしにしてわさびじょうゆで食べると絶品。作りたては苦みが強いのですが、しばらくするとそれが辛みになっておいしくなるのも、面白いところです。
「温暖化による降雪が少ない影響もあってか、近年は湧水の量が減少し、わさびの育成にも影響が出てきています。豊かな水はわさび農家だけのものでなく、地域全体の貴重な資源。私たちはもちろん、地域が一体となって真剣に資源管理に取り組んでいかないと」と渡辺さんは呼びかけています。

ハウス栽培

もともと露地栽培をしていた圃場の上に本格的なハウスを建てた渡辺さんの施設栽培。圃場の場所や季節によって湧水量が異なるため、湧出した水を循環させる仕組みを用いて水量と水温を保っています。

本わさびとわさびの花

大西渡辺わさび店の本わさび、わさびの花は、銀座NAGANOでも販売中。花は期間限定の特別な味覚ですのでお見逃しなく。

[大西渡辺わさび店]
安曇野市穂高5950-1 TEL 0263-82-5132

INFORMATION

わさびの花

銀座NAGANOにて販売中!(3月下旬頃まで)
わさびの花や茎は塩でよく揉んでしばらく置いてから、砂糖と湯をかけておひたしに。独特の苦味が辛みと旨みに変わります。


もっと広く、多くの方へ安曇野わさびのおいしさを

マル井商品

株式会社マル井
研究企画開発室 北原 喬さん

日々の食卓に欠かせないのがチューブタイプの練りわさび。昭和21(1946)年、安曇野で創業したマル井は、チューブタイプも手がけるわさび加工の大手メーカーのひとつです。独自の商品開発力を生かし、常温保管ができる練りわさびや冷蔵保管による生わさびなど、さまざまなタイプの商品を製造。中でも人気商品となっているのが、「味付あらぎりわさび」です。5mmにカットした本わさびの茎を使用した、シャキシャキとした食感が特徴。醤油風味仕立てが肉にも合うことから、最近ではアメリカをはじめとする海外からの引き合いも増えているそうです。

北原喬さん

「わさび製品は世の中にたくさんありますが、私たちがこだわっているのは、わさびの香りや味わいです。飲食店で食べても、うちの商品はわかりますよ」と話すのは、開発者のひとりである北原さん。同社では、味覚訓練や味覚検査を経て社内官能検査員資格を取得した社員たちが、原材料であるわさびの芋や茎と塩や調味料などを使用した製品をチェックしています。そしてpHや塩分濃度なども毎回測定し、練りの状態を確かめて味見をすることで、高い水準の品質と安全性も確保しています。

また、最近では、昭和40年代まで安曇野市でも作られていた西洋わさびを復活させる取り組みも展開中。そのひとつ、新商品の「白いわさびディップソース」は、肉につけることに特化したわさびで、北原さんは特に香りにこだわって開発を進めたといいます。
「パッケージも含めておみやげを意識し、チャレンジした商品です。西洋わさびを使った新たな特産品を作って地元により貢献できたらいいですね」
地域に密着したわさび加工メーカーのパイオニアとして、次の時代を見つめた製品作りにも挑戦しています。

肉と「味付あらぎりわさび」

肉に合うと評判の「味付あらぎりわさび」

ペースト状のわさび

わさびは芋や茎を砕いて塩などを加え、辛味が飛ばないよう短時間で加工します。それを10時間以上寝かせ、活性化(わさびがもっている苦味を辛味に変化)させます。写真は活性化を経た充填前のペースト状のわさび。

ホースラディッシュ

ブレンド作業員はブレンド直後と活性化後の味や状態を見て品質管理し、北原さんは商品開発で原料の配合率も決めています。ホースラディッシュとも呼ばれる西洋わさびも基本的にはおろして食べます。

[株式会社マル井]
安曇野市豊科4932 TEL 0263-72-2562
https://www.wasabi.co.jp/

INFORMATION

味付あらぎりわさび、安曇野産おろし本わさび、白いわさびディップソース

銀座NAGANOにて販売中!
人気商品「味付あらぎりわさび」は、焼肉やパスタ、サンドイッチの具材など用途も多様。「安曇野産おろし本わさび」は、安曇野産本わさびのみを使った職人御用達の一品。「白いわさびディップソース」は常温保存できる醤油ベースのソースで、3月21日販売予定。


地域の資源と環境を生かしたおいしく安心な漬物作り

上條和男さん

就一郎漬本舗
会長 上條 和男さん

わさびの辛味と酒粕のコクの相性が抜群のわさび漬け。松本・安曇野地域には造り酒屋も多く、上質な酒粕を入手しやすかったこともあり、多くのわさび農家でわさび漬けが作られました。特徴はその材料。市販されている一般的なわさび漬けの多くは茎を使っていますが、安曇野のわさび漬けは芋だけを刻んで漬け込んでいます。

「就一郎漬本舗」も地域に根差し、丁寧な製法にこだわった漬物メーカーのひとつです。当初はわさびを栽培しつつ日用品雑貨の販売も手がけていましたが、2代目で現会長の上條さんが漬物一本での経営を決意し、父親の名を冠した「就一郎漬本舗」を設立。樽や桶に入れて半月ほど寝かせて旨味を増した酒粕を使う「特撰わさび漬」は平成11(2003)年の特産品の品評会で農林水産大臣賞を受賞した自慢の一品です。

特撰わさび漬と野沢菜わさび

もうひとつの主力商品が、長野県の特産である野沢菜漬け。浅漬け(一夜漬け)でなく、2週間程度漬け込み乳酸菌発酵させた“本漬け”にしてあるのが特徴です。
「長野県に来て野沢菜を食べた人が口をそろえたように、やっぱり本場の味はうまいっていうじゃないですか。あれは、ちゃんと乳酸菌発酵された野沢菜漬けを食べるからなんですよね」
そう話す上條さんが、野沢菜漬けの技術と安曇野のわさびを生かして生み出したのが、人気商品の「野沢菜わさび」。新鮮な本わさびならではの辛味と香りで、令和初の品評会で農林水産大臣賞に輝きました。

就一郎漬本舗外観

「『野沢菜わさび』は私が安曇野にいるからこそ生まれた商品です。これからも“自然の力を借りて作る”という理念で、おいしいものってなんだろう、安心で健康になれるものってなんだろう、そんな視点で商品を作っていきたいですね」

就一郎漬本舗店内

上條さんは安曇野市内の小売店や生産者を中心に「穂高わさび青年会(現安曇野わさび青年会)」を立ち上げたり「長野県物産振興協会」の初代会長を務めたりと、長野県の物産の振興と安曇野わさびのブランド化に力を注いできました。それにより、静岡産わさびとは違った辛味と味わいをもつ安曇野のわさびが少しずつ全国に広まっていったそう。
「これからは野沢菜の時代が来る」と踏んだ上條さんは、家業を継いですぐに野沢菜漬けの生産も開始。「野沢菜わさび」は本わさびを使って作った浸し液に本漬けの野沢菜を入れ、さらに3~4日漬けて作られ、塩分も控えめです。

[就一郎漬本舗本店]
安曇野市豊科南穂高473-2 TEL 0263-72-5311
https://www.shinshu-nozawana.co.jp/

INFORMATION

野沢菜わさび、特撰わさび漬

銀座NAGANOにて販売中!


わさびの豆知識あれこれ

「本わさび」と「西洋わさび」
日本原産のわさびが本わさび。「沢わさび」と畑で育てられる「畑わさび(陸わさび)」があり、沢わさびは芋、畑わさびは葉や茎が主に食されます。ヨーロッパ原産の「西洋わさび」は、主に練りわさびなどの原料に使われています。「生わさび」はわさびをすりおろしたもののことを指します。


本わさびのおろし方
水できれいに洗って黒くなった部分を取り除きおろします。辛くしたい時は、鮫皮おろしのようになるべく細かい目のもので。なければ包丁の背などで叩いてもOK。細かくするほど香りと辛味が強くなり、抗菌作用も高まります。また、少量の砂糖をおろし器の上にのせてすりおろすと、わさびのアク(苦味)が消えて、より香りと辛味が引き立ちます。


保存の仕方
おろさず保存しておく場合は、ぬらした新聞紙やキッチンペーパーなどで包み、さらにラップをして冷蔵庫に入れておけば、2週間程度もちます。おろす場合は、一気に全部おろしましょう。ラップでしっかりと包んで冷凍しておけば、長期間味わえます。

この記事は2020年3月時点の情報です。
取扱商品等は変更になっている場合がございますので、ご了承ください。

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