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白銀の豪雪地へ 雪中で熟成される至極の味

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国内屈指のスノーリゾートを有する長野県。降り積もった雪は、豊かな雪解け水となって大地を潤し、さまざまな農産物を育みます。そして豪雪地に暮らす人々は、雪の中が外部の影響をほとんど受けない絶対空間であるという特徴を利用し、古くから食物の保存や熟成に役立ててきました。今、改めて「雪」を大切な天然の資源と捉えた取組みが注目されています。

雪が育む期間限定のブランド野菜 芯こそおいしい小谷村の雪中キャベツ

坂井昭十さんと青木剛司さん
伊折集落の住民からなる「伊折農業生産組合」の坂井昭十さん(中央)とJA大北の青木剛司さん(右)。伊折集落では2,000~3,000株を栽培しています。

伊折農業生産組合
坂井 昭十さん

JA大北
青木 剛司さん

長野県北西部、北アルプス山麓に位置し、標高1,600~2,800mの山々に抱かれた小谷村。「特別豪雪地帯」に指定されるほど雪深く、4月上旬まで雪に閉ざされます。そんな小谷村内の畑で、積雪後最低2週間以上雪の下で栽培されるのが、とびきり甘い「信州おたり雪中キャベツ」です。

収穫風景
約2mの深さの雪を重機やスコップで掘り、最後は手で丁寧に収穫される「信州おたり雪中キャベツ」。主に土・日曜日に行われる収穫作業には生産組合のメンバーのほか、村外や県外から手伝いに訪れる人も多く、交流の機会になっているのだとか。

村では12月頃からまとまった雪が降り始め、キャベツは日本海からの水分を多く含むしっとりとした雪をかぶって年を越し、1月から本格的な収穫が始まります。まずは重機で、次にスコップでキャベツすれすれまで雪を掘り進め、最後は手で丁寧に雪を取り除くなど、手間ひまかけて収穫されます。一般的なキャベツの重さは1玉1.3kg前後ですが、雪中キャベツは平均的なもので2kg前後、大きいものだとなんと6kgクラスが収穫されることもあるそうです。

さらに、一番の魅力はその甘み。通常、キャベツの糖度は3~4度といわれる中、「信州おたり雪中キャベツ」は倍の8度以上と、いちごに匹敵する糖度を誇ります。雪の下は0度近くとキャベツがぎりぎり凍りつかない絶妙な温度が保たれており、キャベツは凍らないようと一生懸命糖分を蓄えることから短期間でぐっと甘みが増し、一方で辛みや苦みが抑えられるのです。キャベツの生命力から引き出される味わいや、雪中栽培ならではのみずみずしさは、雪の中で野菜等を保存する「雪中貯蔵」とは一線を画します。

村では昭和初期から主に自家用として雪中キャベツが食べられており、1958年頃には冬の収入源にできないかと雪中キャベツの生産が始まりました。ところが、当時の除雪作業は全て手作業で行われ、今以上に大変な重労働であったこと、また流通網も発達していなかったことから、北陸地方まで出荷していた記録はあるものの数年で断念してしまったそう。しかし2000年代に入り、集落単位での農業が活発化し始めて転機が訪れます。甘くておいしい雪中キャベツが希少品として注目され、再び出荷用として栽培されるようになったのです。現在は村内11集落で生産されており、2016年には生産上の課題に共同で対応し、ブランドの確立に向け、「信州おたり雪中キャベツ生産組合」を設立。集落営農3団体、法人1団体、個人9名が、村やJAとも協力しあい運営しており、栽培指導や作付け前後の反省会なども実施しています。

信州おたり雪中キャベツ
2月いっぱいが収穫の目処。3月になると花を咲かせようとキャベツは芽を出してしまい、糖度が低くなってしまうそう。期間限定の一品です。

2020年は村内で育てられたキャベツの苗2万本を定植。夏場の虫害やネズミによる食害、掘り起こす際の傷などもあり、収穫量は例年7割ほどになってしまうそう。今年の生育状況について、生産者のひとりである伊折集落の坂井昭十さんは「天候に恵まれ、よい状態のキャベツができました。雪が少ない年は凍みて(凍結して)飴色になってしまいますが、今年のものは青々していて味もよく、玉も大きい」と自信をのぞかせます。

ごま油と塩昆布で味付けした雪中キャベツ
シンプルにごま油と塩昆布で味付けした雪中キャベツはお茶請けにもぴったり。芯に近づくほど甘みが強く、キャベツ臭さもありません。

おいしい食べ方を聞くと、「まずは生食!」とのこと。そこで収穫したてをかじってみると、シャキッとした食感と驚くほどの甘みが口いっぱいに広がりました。雪中キャベツは芯が一番甘みが強く、芯を切って天ぷらにするのもおすすめ。より甘さが引き立つのだそうです。

「“雪中キャベツ”はブランド野菜として定着してきています。今後は多少天候が悪くても安定した生産ができるようにし、販売のルートをさらに確立していきたい」と話すのはJA大北の青木剛司さん。「北アルプス山麓ブランド」のひとつとして、また雪国の産物として、雪中キャベツはこれからも発展していきます。

信州おたり雪中キャベツ

雪中キャベツはどこで購入できるの?

「信州おたり雪中キャベツ」は小谷村のふるさと納税の返礼品にも選ばれているほか、「道の駅小谷」や長野県内のスーパーマーケット、インターネットでも購入可能。今回訪れた小谷村伊折集落の雪中キャベツはFAXや「伊折の里ゆきわり草」のホームページから注文でき、1玉入り(1,800円)、2玉入り(3,300円)のほか、雪入1玉(2,500円)も販売しています。小谷村の冬ならではの味覚をぜひご賞味ください。※いずれも送料別途。

伊折の里ゆきわり草ホームページ http://yukiwarisou-iori.com/

[信州おたり雪中キャベツ生産組合(小谷村役場観光振興課農林係内)]
北安曇郡小谷村中小谷丙131 TEL 0261-82-2588


まるでフルーツ!雪国で育む甘~いスノーキャロット

江口宗晴さん
「お客様の声が『今年も頑張ろう』と栽培の原動力となっています」と江口さん。

ファーム鍋倉
江口 宗晴さん

長野県と新潟県の県境に位置する飯山市の「なべくら高原」。多い年には6mもの雪が積もる、県内屈指の豪雪地として知られています。

「昔、農学者で各地の地域おこしに取り組まれていた信州大学の故・玉井袈裟男名誉教授と酒を酌み交わしながら『この辺は雪が多くて冬は何もできないけど、雪が溶けた頃にたまたま畑に残っていたニンジンを食べたらおいしかったことがあったなぁ』なんて話をしたら、先生から『ぜひ商品化できないか』との提案を受けたんだよ」と話すのは、この地で40年ほど前から雪の下で育つニンジン「スノーキャロット」を栽培する江口宗晴さんです。

スノーキャロット
雪の下は0度ほどの絶妙な温度が保たれており、土中のニンジンは凍らずに甘みを凝縮します。

7月の種まきから4月末に収穫を迎えるまで9~10カ月と通常の2倍以上の時間をかけて栽培され、約半分の期間は雪の下で甘みを凝縮するスノーキャロット。ネズミなどの動物による食害や、雪解け水による根腐れなどにより、通常のニンジンと比較して7割ほどの収穫量になることもあります。その分、味は格別で、一口かじるとシャキッとした食感と甘さが口いっぱいに広がります。ニンジン臭も少なく、まるで果物を食べているかのよう。「これほど感動した野菜はない」、「ニンジン嫌いの子どももスノーキャロットは喜んで食べてくれる」など購入者から喜びのお便りが届いたり、収穫を待ちわびる電話を受けることも多く、一度食べると味の虜になるファンも多いのだとか。

信州鍋倉高原そのまんまスノーキャロットジュース
よりおいしいスノーキャロット作りのため、さまざまな品種を研究する江口さん。現在は鮮やかな色、甘さが特徴の「アロマレッド」や「ひとみ®五寸」という品種を試しているのだとか。

一方、雪に閉ざされた冷たい土の中から掘り出されると、地上との温度差から傷みも早く、生で食べられる期間は収穫時期の4月末から5月半ばまでとほんのわずか。そこで、もっと長い期間スノーキャロットを楽しみたいとの要望に応え、誕生したのが「信州鍋倉高原そのまんまスノーキャロットジュース」です。ニンジンのみで作られているとは思えないほど甘く濃厚な味わいで、近隣の道の駅や県内スーパーのほか、通販サイトなどでも販売されています。

試し掘りの様子
江口さんは2m以上もの積雪の中、試し掘りをしてくれました。

このように雪深い土地に根ざし、風土を生かした産品を生み出してきた江口さん。「農業だけでなく、この地で雪と共にどう生きていくかが課題。黙っていても降るんだから、上手く利用しないとね」とも話す江口さんからは、次なる挑戦に向けた思いも感じられます。

[ファーム鍋倉]
飯山市一山1434 TEL・FAX 0269-69-2822


雪で地域の付加価値を創造

雪室への雪の搬入作業の様子と1年後
2月中旬に雪室内に搬入された雪は約1年たっても解けきらず、2割ほど室内に残っていました。

飯山市総務部公民連携推進室
松川 億吉(むねよし)さん

一般社団法人 飯山そば振興研究会
専務理事 清水 昭博さん

古くから豪雪地では、「雪中貯蔵」や雪を夏まで貯蔵し活用する「雪室(ゆきむろ)」など、雪の冷たさを利用する知恵が生活の中に根付いていました。冷凍冷蔵庫の普及とともに廃れていきましたが、改めて雪の利活用が見直され始めています。

ビーツと紅芯大根
市内の農家が栽培した日本では珍しいビーツや紅芯大根なども貯蔵。

市街地で約120cm、山間部では3mもの雪が積もる飯山市。日々の雪片付けなどは生活の中では当たり前のこと。そんな雪を資源と捉え、活用できないかと3年前に飯山市公民連携推進室が中心となり、市内の未利用倉庫を現代版「雪室」にリノベーションして活用する実験が始まったのです。建物内の空間の7〜8割に500トンもの雪が敷き詰められる雪室は年間を通し1〜3度の温度と100%の湿度が保たれる、いわば天然の高性能冷蔵庫。この中に地酒や根菜類、玄そば、米などを保存してみるという試みです。

すると、良い結果が出始めました。冷温保存により長期間鮮度が保たれることで時期をずらした出荷が可能になるだけでなく、日本酒はまろやかに、ジャガイモは甘みが増すなど、味の変化も生まれたのです。中でもそばは、通常であれば時間とともに風味が落ちるのですが、雪室で保存した玄そばは夏でも香りが立ち、ほのかに甘みも増していました。

清水さん
「今後はつなぎの小麦粉も地元のものを使用し、地産地消を目指していきたい」と清水さん。

この玄そばの商品化に向け設立されたのが「一般社団法人飯山そば振興研究会」です。3年前から任意団体として活動を開始、昨年8月に法人化し12月からは市内に拠点を構え、活動を本格化させました。雪室で3カ月以上熟成した玄そばを使った「飯山雪室熟成そば」は、現在市内2つの飲食店で提供されており、富倉そばと並ぶブランド化を目指しています。同研究会の専務理事の清水昭博さんは「今後はこのそばをもっと広く知っていただけるよう活動していきたい」と話します。

飯山雪室熟成そば
新そばのような香りとほのかな甘みが特徴の「飯山雪室熟成そば」。販売に向け準備が進められています。

省エネルギーで環境にやさしく、産品に付加価値を与える雪室。この取組みは地球温暖化防⽌につながる全国のさまざまな取組みを表彰する「脱炭素チャレンジカップ2021」で文部科学大臣賞を受賞。市の担当者の松川億吉さんは「雪に悩まされることも多いけど、雪を『自然からの贈り物』と思えるように活用していきたいし、雪室で貯蔵した特産品を使った『いいやま雪室御膳(仮称)』を作って、地域に来て楽しんでいただけるような展開につなげたい」と今後の展望を語ります。飯山市の「利雪」へ向けた今後の展開から目が離せません。

[飯山市総務部公民連携推進室]
飯山市飯山1110-1 TEL 0269-67-0725(直通)
https://www.city.iiyama.nagano.jp/


ほかにもいろいろ

雪の力でじっくり熟成される信州の特産品

日本酒

日本酒

約80と全国2位の蔵数を誇り、少量でこだわりの日本酒を醸す蔵が多い長野県。雪の中で日本酒を熟成させる酒蔵もあり、戸隠中社境内の雪の中で3カ月ほど埋蔵する「戸隠雪中酒」や木島平村の「内山酒米研究会」による「内山乃雫」など、地域の特産品にしようという動きも。雪の中は温度が一定に保たれるためゆっくりと熟成し、まろやかな味わいになるそうです。
(写真)地元の水と酒米にこだわった地酒を雪の中で熟成する「内山乃雫」


りんご

りんご

長野市大岡地区の雪の中でりんごを2カ月ほど貯蔵するJAグリーン長野による「雪中貯蔵」や、飯綱町の雪室施設で貯蔵される「雪ねむりりんご」など、長野県を代表する果物・りんごにも雪を活用し保存する取組みが見られます。冷蔵庫と異なり高湿度が保たれる環境のおかげで、春になってもりんごのみずみずしさや食感のよさが楽しめるとのこと。
(写真)JAグリーン長野の職員等により本年1月に行われた雪中貯蔵作業の様子


味噌

味噌

発酵長寿県・長野県が生産量全国1位を誇る味噌の雪中保存の取組みも。小諸市で創業340余年を誇る「山吹味噌」では、約1年間熟成させた味噌を地元小諸市高峰高原の雪の中でさらに3カ月間眠らせる「雪中熟成味噌」を数量限定で2010年から販売しています。通常の味噌と比べ、まろやかさが増すとのことで、毎年リピーターも多い人気商品です。


日本茶

日本茶

駒ヶ根市中心市街地の活性化プロジェクト「こまがねテラス」で取り組むのが「雪中茶」。日本茶専門店「茶處 山二園」と中央アルプス観光㈱がタッグを組んで行う企画で、静岡県島田産の深蒸し茶に、香りの強い南信州遠山郷産の茶をブレンドし、標高2,600mの中央アルプス千畳敷カールの雪の中で3カ月ほど貯蔵します。まろやかで深みのある味わいになるそうで、今年は6月頃から販売予定。

この記事は2021年2月時点の情報です。
取扱商品等は変更になっている場合がございますので、ご了承ください。

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