うまいチーズは“山”にあり Vol.3
アトリエ・ド・フロマージュ
2021.12.15
100の挑戦が生み出したチーズ
アトリエ・ド・フロマージュ
長野県東部に位置し、浅間連山や八ヶ岳連峰などの山々に囲まれた東御市。市の真ん中を千曲川が流れ、川をはさんだ傾斜地にはワインブドウの畑が広がります。千曲川の右岸、浅間山からの傾斜地に工房を構えるアトリエ・ド・フロマージュ。クリーミーでさわやかな酸味のフレッシュチーズ「生チーズ(フロマージュ・フレ)」の製造を日本で初めて手掛け、以来フレッシュからウォッシュ、ハードタイプとチーズ作りの幅を広げてきました。
「100チャレンジして1つ成功すればよい」
アトリエ・ド・フロマージュは昭和57年(1982年)、松岡茂夫(故人)と容子(現会長)夫妻が旧東部町にて創業。出版業界で働いていた2人は、本場フランス産のカマンベールチーズを食べた際、その深い味わいに感動を覚え、「自分たちもカマンベールチーズを作ってみたい」との思いを抱くように。チーズ作りをフランスで学んだ後、容子さんの実家が東部町で牧場を営んでいたこともあり、この地にチーズ工房を構えました。
「容子さんは『100チャレンジして1つ成功すれば良いんだよ』と常々言っていて、私としてはせめて1/10くらいじゃないと会社として困るよと思っていたんですが、何もないところからのスタートだったので、きっとご本人たちもたくさんの挑戦をされてきたのでしょうね。」
と話すのは、チーズ工房の責任者を務める塩川和史さんです。創業者夫妻の「チーズをもとに豊かな食卓を」という思いを引き継ぎながら、日本のチーズを世界レベルに引き上げたいという思いで日々チーズ作りに励んでいます。
創業者から受け継がれるチャレンジ精神
高校時代に同社でアルバイトをしたことが縁で2007年に入社した塩川さん。入社前に同社のチーズを食べたとき、「もっとおいしくなるはず。自分の手で変えたい」との思いを抱いたという塩川さんが特に力を入れているのがブルーチーズです。
「チーズ作りを始めたころから世界3大ブルーチーズ(ロックフォール、ゴルゴンゾーラ、スティルトン)のようなものを作りたいとの思いで日々励んできました。同業者の中には『日本ではできるわけない』と言う人もいましたが、少しずつでも近づけていけばいつか同じステージに立てるはずだと信じてきた」と塩川さん。
世界レベルのブルーチーズ作りを目指し続けてきた背景にはこんなエピソードが。
目指す3大ブルーチーズと味も食感も大きな差を感じていた塩川さんは一度だけ、「自分の思い描くやり方でブルーチーズを作ってみたい」と茂夫さんに提言したことがあったそうです。衝突もありましたが、茂夫さんと話を重ねる中で「職人としてより良いものを目指すのは当然の思い。だから挑戦すればいいんだよ」とチャレンジさせてもらえたのだと言います。「それが今に繋がっている。現在のチーズは創業者から先輩や自分が引き継ぎながら、失敗の積み重ねの中から改良を重ね生まれたものだと思っている」と塩川さんは自信をのぞかせます。
“長野でしか作れないチーズ”で世界に挑む
原材料であるミルクの品質や職人の技に加え、チーズを熟成させる地域の気候や風土も味わいに大きな影響を与えるそう。
「空気中にはさまざまな乳酸菌が漂っていて、それは環境によって異なります。例えば、この工房の中で作ったチーズを、比較的乾燥している東御市の工房で熟成させるのと、湿度が高い軽井沢町にある工房で熟成させるのとでは、まったく違う味わいのチーズが出来上がります。付近に高原植物も生息していることもあり、ここの工房のチーズは花のような香りが感じられるのに対し、軽井沢のものは漬物の古漬けのような風味になるんですよ。」と教えてくれた塩川さん。
「日本のチーズ作りの先駆者的存在、松岡夫妻が目指したことを引き継ぎつつ、自分のエッセンスを入れ、長野県は良いチーズができるということを発信したい。フランスの技術でフランスと同じレベルのものを作るのではなく、長野でしか作れないもので世界と勝負をしたい」と長野らしさにかける思いを熱く語ります。
積み重ねてきた努力が実を結び、2015年にはフランスのチーズコンテスト「モンデュアルフロマージュ」に出品したブルーチーズが、最高賞にあたるスーパーゴールドを受賞。
さらに2021年11月には「World Cheese Awards2021」に出品した同社のブルーチーズの“翡翠”が、世界45カ国4079品の出品総数のうち、国内で唯一最高品質の16品に選ばれました。「外皮が珍しく、牛乳製のわりにはくちどけが軽い」ところが評価されたとのこと。塩川さんによると世界の多くのブルーチーズの外皮は乾燥により固くなっていたり、チーズを包むアルミや錫が外皮に食い込んでしまっている事があり、皮を取って食べることが多いのに対し、アトリエ・ド・フロマージュの“翡翠”は製造段階で独自の工夫が施されているため、アルミや錫も付かず、皮も固くならずそのまま食べられるのだそうです。
最も力を入れて作ってきたブルーチーズでの受賞に「2度の受賞で、ようやく自分がやってきたことが正しかった、常に高品質なチーズを製造していると証明できたことが一番うれしく思います」と塩川さん。
「今あるものをよりよくすることで、日本一といわれるものを作りたい。長野のチーズのレベルが上がったと言われたい」と、さらなる目標を掲げます。
この地域らしいチーズ文化の創造に向けて
創業から約40年。「生チーズ」から始まったアトリエ・ド・フロマージュのチーズ作りは、世界トップレベルにまで上り詰めました。創業者夫妻の1つの挑戦から確かな技術へと繋がってきたことは、数々の失敗を積み重ねてきた上にあります。
「自分に才能があるとは思っていないし、完成したとも思っていない。小さな積み重ねでここまできたと思っている。さらに新しい挑戦を重ね、創業者から自分、そして次の世代へ繋げていけたら」と塩川さん。今後は長野県やこの地域にしかない乳酸菌を研究したり、最近どんどん増え進化している地元東御市のワイナリーなどとも協力しあい、ここでしか作れない地域性のあるチーズを作っていきたいとの思いを抱いているそう。
100の挑戦からまた1つ、世界への扉を開けるものが生まれるに違いありません。
※この記事は2021年12月時点の情報です。取扱商品等は変更になっている場合がございますので、ご了承ください